第4回講演会(2016年12月18日)
『改正』刑訴法とえん罪 ― 第1部 司法取引 ―
目次
報告「日本型司法取引とは何か」
報告「美濃加茂市長事件 ―控訴審『逆転有罪』不当判決の検討―」
パネルディスカッション
 
パネルディスカッション

登壇者:郷原信郎氏(弁護士、元検察官)
登壇者:後藤 昭氏(青山学院大学教授、当NPO法人理事)
コーディネーター:笹倉香奈氏(甲南大学教授)
  1.はじめに
2.なぜ司法取引制度は導入されたのか、日本の文化になじむのか
3.協議・合意制度が対象となる事件と引っ張り込みの危険
4.協議・合意制度の問題となり得る点とは
5.要約的記録はどの程度のものか
6.弁護士は協議・合意制度にどう向き合うべきか
7.弁護士倫理と協力事件の問題点
8.司法取引制度はこのままでよいのか
9.刑事免責制度とどう関連するのか
10.残された改革の課題

1.はじめに

 

笹倉:第1部の後半はパネルディスカッションです。私はコーディネーターを務めます甲南大学の笹倉香奈と申します。本日はよろしくお願いいたします。すでにご報告いただきましたが、皆さまの右から青山学院大学の後藤昭先生、そして弁護士の郷原信郎先生の3人でお送りいたします。
 私自身の自己紹介を最初に少しだけさせていただきます。私は、2016年の刑事訴訟法の改正に当たっては、アメリカにおいて捜査・訴追協力型の取引が冤罪の原因になっていることがここ十数年でわかってきたこと、特にここ10年の間に、捜査・訴追協力型取引をめぐる改革が進行中であるという観点から、新たな制度について意見を述べてきました。郷原先生と一緒に、2015年7月の衆議院法務委員会でも意見を申し述べました。
 第1部の前半では、後藤先生からは、司法取引制度の基本的な説明、背景事情と立法過程についてお話しいただき、郷原先生からは、闇取引あるいは意図的な虚偽供述の具体的な事例として、引き込みが具体化した美濃加茂市長事件についてご報告いただきました。以上を受け、パネルディスカッションでは、新たな二つの制度について「冤罪」という視点を中心に据えつつ、お二人に伺っていきたいと思います。そもそも司法取引とは何なのか、協議・合意制度の問題点、そして刑事免責制度の問題点について、順番にお聞きします。
 まず、司法取引とは何か、ということです。そもそも、なぜ司法取引が導入されたのか。背景事情あるいは必要性、そしていわゆる文化論ですね。日本の文化は取引になじまないのではないかという議論が以前からありました。
 まず、後藤先生にお伺いします。先ほど、立法過程についてのご説明の中で、新たな制度は打算あるいは妥協の産物のように出てきた、あるいは警察とのやりとりからつくられ、最終的に今のような形になったというお話がありました。そもそも、理念的には司法取引が必要であることは、正面から議論がなされたのでしょうか。あるいは、その点について、先生はどのように思われるでしょうか。

2.なぜ司法取引制度は導入されたのか、日本の文化になじむのか

後藤:司法取引制度は「必要である」という意見は、検察官を中心に最初から出されたし、一般有識者もそういう方向でほとんど一致していました。それに対し「必要ない」という意見を、積極的に言った方はいなかったと思います。必要性自体は、あまり議論にはなっていなかったのが、とりあえずの答えだといえます。

笹倉:先生ご自身は、もともと司法取引制度についてはどのようにお考えだったのですか。

後藤:私自身ですか。難しい質問ですね。私はある意味、冷めた見方をしていました。建前で「いけない」と言っても、取引は必ず起きると考えていました。だったら、むしろそれを表に出したほうが良いのではないかという考えです。

笹倉:それは自己負罪型でも捜査協力型でも同じだという趣旨ですか。

後藤:自己負罪型にはまた違う要素があるかもしれません。とりあえず捜査・訴追協力型についての見方です。

笹倉:郷原先生は元検察官でいらっしゃいますが、一般的に検察官の立場からいって司法取引に対し肯定的なのか、あるいは司法取引を導入する必要性が現時点で日本にあるのかについては、どのようにお考えですか。

郷原:私は以前から、とりわけ特捜検察において行われてきた調書中心主義、調書さえ取ってしまえばいい、そのためには何をやっても許されるというやり方、それがまさに村木厚子さんの郵便不正事件などの失敗にもつながったのですが、その問題をずっと指摘してきました。その立場からすると、それ以外の捜査のための手段を導入する必要は、否定はできないのではないでしょうか。
 もう一つは、後藤先生もおっしゃったように、日本では検察官が訴追について広範な裁量権を持っている。独自捜査であれば、事件を立件するかどうかについても広範な裁量権を持っている。そういう状況下では、事実上の闇取引的なものは相当程度行われてきたと考えられます。そういう現状からすると、それを透明化して公正なものにしていくことは、私は方向としては間違ってないと思います。
 しかし実際には、それが本当に公正に運用できるのか。検察の捜査に関してはいろいろな問題が指摘されてきました。とりわけ「引き返す勇気」なんて検察は言っていますが、私は絵空事だと思います。いったん走り始めたら止まらない検察のあり方の下では、こういう制度を導入することは非常に危険ではないかということも指摘してきました。
 そして、先ほどお話ししたように今回、裁判所もこの合意供述の制度が導入された後に、適切に信用性が評価できるのか。そういう検察の問題、裁判所の問題を両方考えると、現状においてこういう制度が導入されることに非常に大きな危険性がある。闇取引的なものも本当になくなるかどうかわかりません。それどころか、正式に導入された合意供述が簡単に、いともたやすく信用性が認められてしまい、誤判、冤罪につながっていく可能性も十分あるのではないかということで、現時点で私はとうてい賛成はできないのが率直なところです。

笹倉:司法取引とは起こってしまうものではある、という現状がある、実務上そういうものなのだ。ただ、それを適正なものにしていくという制度の枠組みは必要ではないか。お二人とも、そのようなお考えではないかと思います。
 そもそも司法取引制度自体が日本の文化に合わないのではないか、という点はどうでしょうか。刑事免責制度についての最高裁判決ですが、ロッキード事件の丸紅ルートで最高裁自身も刑事免責制度について、国民の法感情から見て公正観に合致するかどうかというようなことを言っていました。その辺りについて、司法取引の関係とはどうでしょうか。

後藤:これは世論調査が行われたわけではないので、確実にはわかりません。しかし、国民の感覚が変わってきているのではないかという感じがします。一般有識者の方たちは、ほとんど賛成でした。彼らが国民の代表かという問題はもちろんあるけれども、そういうものに対する抵抗感が日本人の中になくなってきているのではないかという印象です。

笹倉:文化的に司法取引が許されない時代は、もう終わったのではないかと。

郷原:まあ、そうですね。

後藤:司法取引否定が日本の文化だったとすると、それはかなり動いたのではないでしょうか。なぜ動いたのかは、いろいろな要因があると思います。

郷原:独禁法のリニエンシー制度の導入に関しても、当時、経済界に相当なアレルギー反応があったのですが、実際導入されると運用が定着してきた。そのことから考えても、今の世の中で受け入れ難いような文化的な抵抗があるということではないと思いますが、結局のところ、本当にそういう制度が公正に行われていることについての、国民の信頼が得られるかどうかということではないかと思います。

3.協議・合意制度が対象となる事件と引っ張り込みの危険

笹倉:ということは、まさに最高裁の言った「国民の公正観」に合致するかは制度設計の内容によるのではないかということですね。
 それでは、具体的に制度について伺っていきたいと思います。まず、協議・合意制度について伺います。新たな司法取引制度であると言われる協議・合意制度の評価と問題点ですが、この制度はどのような事件において今後使われることが予想されるでしょうか。後藤先生は先ほどの報告の中でも少し触れられましたが、付け加えることがあればお願いします。

後藤:実際、これはやってみないとどんな運用になるのかわからない、というのが率直なところだと思います。検察官たちも、まだ手探り状態でしょう。ただ、典型的に特捜事件と呼ばれるような事案では、これが使われる可能性は大いにあります。特に贈収賄、脱税といった事件では、これが有力な手段になると検察官たちは考えているでしょう。
 また、最近私が注目しているのは、企業法務をしている弁護士たちの間で、この制度がいわば企業防衛のために使えるのではないか、例えば前の社長を切り捨てることにより、会社の処罰を免れる形で使えるのではないかという議論がされています。本当にそうなるのかどうか、私が関心を持っているところです。

笹倉:『Business Law Journal』の2016年11月号の特集「日本版司法取引で変わる企業コンプライアンス」では、むしろコンプライアンスを強める契機として司法取引制度が使えるのではないかという議論がありました。郷原先生はいかがでしょうか。

郷原:この制度が使える方向性としては暴力団などの組織犯罪と、後藤先生がおっしゃった企業犯罪、それから特捜部がターゲットにしている政界の汚職事件、贈収賄などの事件。こういったものが対象として考えられます。そのうちの企業犯罪の関係ですが、日本の企業に対する制裁制度は、ご存じのように両罰規定によって行為者に対する処罰を前提にして、犯罪成立を前提にして、法人に対する罰金を科する制度で、アメリカのように法人の犯罪行為能力をストレートに認めていない。
 こういう法体系の下で、果たして企業に対する処罰と役職員に対する処罰とをはかりに掛け、司法取引が機能する場面がどれだけあるだろうかということは、私は若干疑問に思います。むしろ、企業犯罪においては末端の人間が真実を供述することにより、上位者が処罰される方向に使われることのほうが多いのではないでしょうか。

後藤:企業犯罪について、座りがいいのはそういう使い方だと思います。つまり、社員を切り捨てることによって社長と会社が生き延びるような事件処理は、ふつうは公正ではない。もともと司法取引は、検察官の訴追裁量権行使の一つの形態です。だから、この取引は、訴追裁量として妥当なものでなければいけないのは、当然の含意です。
 そうすると、より責任の重い人を処罰するために、より責任の軽い人を許す。そういう使い方をしなければいけません。そういう意味で、社長を守るために社員を切り捨てることは、ふつうはできないと思います。

笹倉:司法取引がどういう事件で使われることが予想されるかということですが、いずれにしても、この制度についていちばん危惧されているのは、いわゆる引っ張り込みの危険ではないでしょうか。標的になる被疑者・被告人を引っ張り込んでしまう危険性が、制定過程でも危惧されてきました。この点について伺っていきたいと思います。
 現在の法律上は、後藤先生から先ほどご説明いただきましたように、冤罪を防止するために虚偽供述罪の新設、協力弁護人の立ち会いとかがあります。現在の担保策のみで協力被疑者・被告人が引っ張り込みの供述を行ってしまい、冤罪が生まれる危険性を除去することができるのか。それについて問題は残らないのか。後藤先生は法制審議会の特別部会でも補強法則、その他いくつかのご提案をされていました。その辺りについて、少しお話しいただいてもよろしいでしょうか。

後藤:要するに、司法取引による冤罪を防ぐための制度的な保障はないということです。すべて、運用に携わる人たちの能力に依存します。

4.協議・合意制度の問題となり得る点とは

笹倉:美濃加茂市長事件では、闇取引あるいは意図的な虚偽供述の疑いが問題になったわけです。郷原先生はこのような事件を担当して、しかも控訴審で逆転有罪となってしまいました。改めて協議・合意制度について評価をするとすれば、現在の制度のどの部分が問題であるとお考えでしょうか。

郷原:私は、改めて「疑わしきは被告人の利益に」ということと、意図的な虚偽供述が疑われる場合の供述の信用性の評価。この二つをしっかり再認識した判断をしていく必要があると思います。
 先ほど申し上げた最終的な控訴審判決の判断のやり方は、意図的な虚偽供述かどうかが問題だと言った上で、その意図的な虚偽供述だと疑う理由、根拠があるかどうかを判断しているわけです。それを合理性、関係証拠、符合や供述経過といったところから、特に意図的な虚偽供述を疑うような材料はない。だから信用できると言っているわけです。
 これは全く判断の方向があべこべだと思います。法務省の担当者も協議・合意制度に関して、もともと虚偽供述が疑われるのだから、合意供述などというものははっきり言って使いませんよ、そう言っているわけです。そういうものは、それがきっかけとなり、ほかのしっかりとした証拠が見つかるとか、よほどの確たる裏付けが得られなければ使えません。そういう話だったはずです。
 ところが、一つ間違うと意図的な虚偽供述が、それを弁護側が立証しないといけないような話になってしまうと、協議・合意制度は本当に恐ろしい制度になりかねないと私は思います。

笹倉:後藤先生、いまの点について何かございますか。

後藤:郷原さんがおっしゃったのは、この種の供述は最初から疑ってかからなければいけないということです。確かに、特別部会での議論も、そういう前提であったと思います。実際、裁判で、そうなるかどうかは残された問題です。

笹倉:今の点もそうですし、そもそもこういう制度が使われる場合には、検察官が「裏付け捜査を十分するのだ」と立法過程で言われました。私が参考人として参加した衆議院の法務委員会でも「必ず補充捜査はされます。だから補強法則なんて必要ないです」と、与党側の委員が言っていました。
 しかし、そういう運用は本当に行われ得るのか。そもそも協議・合意制度が対象とする事件は客観的な証拠など、ほかの方法による立証が難しい事件です。供述獲得の必要が高いから、こういう制度が導入されたと理解しています。そうであるとするならば、補充捜査が行われることについて、検察官を十分に信頼することができるのか。あるいは、それを確保するためにはどういう制度、スキームがこれから必要になってくるのか。
 後藤先生、その点についていかがでしょうか。

後藤:私に聞かれても難しいところがありますが(笑)、結局、運用を決めるのは裁判所だと思います。裁判所がこの種の証拠に対し、どういう姿勢で臨むかにより、検察官の捜査のあり方も変わってくるでしょう。裁判所が取引供述の信用性評価に、先ほど議論したような厳格な姿勢で臨んでくれるかどうかが、まずは重要でしょう。

笹倉:元検察官として、郷原先生はいかがでしょうか。

郷原:裏付けがきちんと取れるかどうかということは確かに重要ですが、それも供述との前後関係によります。先に裏付け的なものが提示され、それにつじつまを合わせた可能性がないかどうかをきちんと検討しないと、本当の意味の裏付けと言えるかどうかが問題になります。
 そういう意味では、最終的に裁判所が判断することですが、その裁判所が判断する対象にはその途中段階ですね。供述を始めた段階、それから供述が詳しくなっていく段階と、いろいろな段階で検察が、本当は両方に判断する姿勢を持たないといけないと思います。最初は信じてみたけれど、その後の経過を見ると怪しいということで、常に引き返していくような方向を持たないといけない。しかし、往々にして検察の捜査は一つの方向に走り出すと、もう止まらないということがあります。それが危険です。

後藤:いまの郷原先生の話で示唆的なのは、供述の経過を見ないといけないというところです。そこに秘密の暴露的なものがあったのかどうか、それともすでに得られた情報に合わせて供述したということなのか。
 いまから思い出すと、特別部会の中でも弁護士会から出ていた小坂井久さんは、「これをやるためには全面可視化をしないとだめだ」ということを盛んに言われていました。それは、いまのようなところに結びついているかと思います。

笹倉:ということは、協議の過程に入るまでの取調べと、協議の過程と、合意に至った後の取調べがあるといえます。郷原先生も、その全面的な可視化が必要だということになるわけですか。

郷原:はい。ちなみに、美濃加茂市長事件では、検察官は控訴審でその経過を立証しようとしました。どういう方法をとったかというと、取調べメモを証拠請求し、そしてその取調べ警察官を証人尋問しました。そのやり方自体、私も本当に驚きました。今まで「取調べメモなんて手控えであり、証拠でも何でもない」と言って、開示をずっと拒んできた検察が、突然それを証拠に使うのですから。その取調べメモをもとに、警察官に証言させることで立証しようとしました。
 これは全く不確実な方法で、検察官は捜査機関側の人間ですから、そんなものに頼ることは本来あってはならないことです。実際、取調べメモだけでは、いかようにも解釈できる部分がいろいろあります。検察官は「虚偽供述の可能性が論理的に、この前後関係から否定できる」とずいぶん言ってきたのですが、「この可能性がある、この可能性がある」ということを指摘して、事実上その論理的な可能性の否定はつぶれました。だから、完璧にそれが立証できるとしたら、資料を提示した時期と供述の時期との間の関係が、録音・録画などで立証すること以外の確実な方法はあり得ないと思います。

5.要約的記録はどの程度のものか

笹倉:合意に至る過程についての要約的な記録は行われるとされているのですが、あれはどの程度の記録になりますか。

後藤:それは国会審議の過程で法務省が約束した記録の中身ですね。

笹倉:ええ。

後藤:私も想像がつきにくいのですが、いま問題になっている供述経過の検証に使えるような具体的なものにはならないのではないかと想像します。

笹倉:では、いつ、この人がこういうことを言って、取引が持ちかけられたということにはならないだろうということですね。全体の要約的なものになると。

後藤:大まかには、経過の記録になるかもしれません。どちらが取引を言いだしたかとか。それぐらいは書かれるだろうと考えられます。そういう意味では、全く手がかりにならないわけではないでしょう。しかし、供述経過を分析的に見るためには、たぶん使えないのではないかと思います。

笹倉:郷原先生、その辺りの予測はいかがですか。

郷原:恐らく、いま予定されているのは、全過程を録音・録画するようなものではないと思います。ただ、それは裁判所の判断の枠組み、判断の仕方によるといえます。そこをきちんとした客観的な立証でないと、供述経過に基づいて信用性を評価してくれないことになれば、最終的にはそういう方向に行くと考えられます。そこが甚だ不安なところです。

笹倉:供述経過の録音・録画という点ですね。協議・合意制度の協議の部分について、あるいはその前の部分についても、ということに対して、後藤先生はどうですか。

後藤:協議の部分を録音・録画するのは、また別の問題があるでしょう。客観性という意味では確かにあったほうがよいだろうけれど、それは交渉の過程ですね。録音・録画しながら交渉することは、当事者にとってはやりにくい感じはあるでしょう。だから弁護士たちも、そこまで賛成するかどうかはわかりません。
 そのことと取調べ、つまり供述証拠を得るための作業の部分とは分けなければいけないし、現に条文では分けられています。だから、取調べで供述証拠を得る部分について、全面的に記録することは十分あり得るし、実際、いわゆる特捜事件だと、身体拘束中の場合はそうなるはずです。
 しかし本当は、任意調べの段階からそれをやっておかないと、供述過程の検証には使えないという問題があります。

6.弁護士は協議・合意制度にどう向き合うべきか

笹倉:いずれにしても、協力事件の弁護人あるいは標的事件の弁護人、両方に弁護人がついているわけですが、先ほど後藤先生の報告では、弁護士倫理がこれから問題になってくるのではないかということでした。これからこの制度が導入された場合に、弁護人として協議・合意制度にどのように向き合うべきなのか。協力被疑者の弁護人と標的被疑者の弁護人として、それぞれ考え得る問題点等を郷原先生からお話しいただいてもよろしいですか。

郷原:「供述の信用性は、弁護人が必ず関わっているから担保されている」と、法務大臣がしきりに強調していました。では、「そんなことが理由で合意供述が信用できる、そこは大丈夫なのだ」と言われていることを、弁護士会の側がどれだけ認識しているのかというところも問題だと思います。
 私が弁護士会の中で何回かこの話をしたら、みんな、キツネにつままれたような顔をしていました。「そんなことが理由になっているのか」と。「大変な話ですよ」と言ったのですが、本人が「こういうことで取引をしたいのです」と言ったときに、弁護人としてどこまでその信用性を確認したらいいのか。
 これはものすごく難しい問題です。そこにあまりこだわって、「うそじゃないか、うそじゃないか」と言っていたら本人の利益に反します。どの程度なのかは非常に難しい問題だと思います。本当にうっかりすると、虚偽供述罪の共犯にされてしまうことになります。もっと弁護士会の内部で、そういったことに関する実務上の問題点を検討しないといけないと思いますが、先ほどの後藤先生のお話のように、最初から日弁連サイドが制度の導入に賛成してしまっている。ほとんど内部での議論も行うことなく、ここまで来てしまっているのではないか。そこは制度が施行されるまでに、もっとしっかり詰めないといけない問題ではないでしょうか。

笹倉:郷原先生のいまのお話は、協力事件の弁護人は、どのように、どれぐらいの調査をするべきかとか、もし虚偽供述をしそうになったら、もちろんそれは止めるべきかもしれませんが、それを暗黙裡に止めないとか、そうすることは許されるのか。その辺りの弁護士倫理上の問題かと思います。まず協力事件について後藤先生から、弁護士倫理上の問題をいくつかご提起いただけますでしょうか。

後藤:私は基本的に協力事件の弁護人は、自分の依頼者が提供する情報の信頼性について責任を持てないと思いますし、持つべき立場にもないと思います。自分の依頼者の利益のために行動しているわけですから、そこで依頼者の利益を邪魔するわけにはいかない。ただし、弁護人は違法行為に加担することはできないので、明らかにうそを言っていると思ったら、それは止めないといけません。
 うそを言えば虚偽供述罪や偽証罪になるので、弁護人にはそれを警告し、協力を拒むべき義務があるでしょう。それは「あなた自身のためにもならないからやめなさい」と言わなければいけない。しかし、「いや、本当です」と本人が言ったときには、普通はそれ以上の責任を持てないと思います。だから、そこから先の責任は検察官のほうにあります。
 ただ、協議・合意制度をめぐって、いろいろな弁護士倫理の問題が起きると考えられます。一つは、共犯者とされている人たちを同時に弁護することはできない。この意識は最近、弁護士の間でもかなり共有されています。それをもっと徹底しないといけないことになると思います。要するに、共犯被疑者・被告人の間の利益対立がもっと先鋭になるということです。それは誰から報酬をもらうのかという問題にもかかわってきます。
 もう一つ、私がいま非常に頭を悩ましている問題があります。先ほど挙げたように、協議・合意制度にはいろいろな限定があります。適用事件の限定があり、双方が約束できる内容も限定的に列挙されています。しかし、それらの限定が本当に守られる保証があるのかという問題が起きます。例えば振り込め詐欺の出し子の事例で、仮に被疑者が取引すると考えたときに、「私、それだけではなく窃盗の事件もあります。そちらも起訴猶予にしてくれないと意味がないのですけれど」となったとします。窃盗は特定犯罪ではないので、建前上はそれを不起訴にする合意はできないはずです。しかし、協力事件の被疑者の弁護人の立場ではそれで突き放すわけにもいきません。そこで検察官に対して、「こちらで不起訴になっても、窃盗が起訴されたらありがたみはないので、そっちも不起訴にしてくれなければ取引はできませんよ」という話をせざるを得なくなると思います。検察官がその提案に乗る場合でも、刑事訴訟法上それを、合意の書面に書くわけにはいきません。それとは別に不起訴裁定書をつくって、「起訴猶予にする」という形をとるわけです。
 特定犯罪以外の事件について取引することは、刑事訴訟法の条文に反します。しかし、弁護人としてはどうするのか。「条文に反する取引はしません」ですむのか。それは非常に大きな問題になると思います。その場面で弁護人がどうすべきかについて、私はまだはっきりした結論が出せないでいます。

笹倉:もし郷原先生が弁護人だとしたら、どうされますか。

郷原:それも含めての話でないと意味がないことになるわけですから、弁護人の立場からはそういう話を持ちかけざるを得ないと思います。そういうことも含め、この協議・合意制度に正式に乗っかるもの以外に、これまでも事実上行われてきたようなものがいろいろ組み合わせられ、半分不透明な形でいろいろなことが行われるのは、私は非常に危険ではないかと思います。そこのところをどのようにきちんと区別していくのか、透明な制度をどうやって確保していくのかを、いろいろな体系、いろいろな場に分けて考えてみないといけないのではないでしょうか。

7.弁護士倫理と協力事件の問題点

笹倉:弁護士倫理と協力事件との問題では、いまアメリカで議論になっているのが相手方つまり、標的となる人が冤罪とわかっている。その場合に、協力事件の弁護人はどうするべきかという問題で、それについてはあちらでも論争中のようです。
 では、標的事件の弁護人となった場合に、こういうことについては気をつけなければいけないという点がありましたら、郷原先生からお願いできますでしょうか。

郷原:美濃加茂市長事件は協議・合意制度導入前の事件でしたが、取引的なもの、取引があったかどうかは別として、どうも贈賄供述者が捜査機関や検察官に有利に取り扱われたのではないかという疑いを持ち、公判前整理手続きの中で証拠開示を求め、融資詐欺に関する証拠を全部開示させました。そこが発端となり、有利な取り扱いのところは立証できた。これは恐らく今後も、制度が導入された後も、全く同じではないかと思います。
 正式に制度に乗っかるもの以外に、事実上有利な取り計らいが行われていないかというところは、常に注意しないといけないと思いますし、それが標的事件の弁護人にとって最も重要になってくるのではないでしょうか。

笹倉:ということは、その前提として、証拠開示をちゃんと求めていかなければいけないということかと思いますが、後藤先生はいかがですか。

後藤:標的事件の弁護人の役割は非常に大きいと同時に、非常に難しい役割です。先ほど私たちが期待したような姿勢で取引供述を評価するように、裁判所を動かす役割になるわけです。もちろん、弁護人だけが頑張っても、裁判所がそれを受け止めてくれないとそうはならないわけです。しかし、そのように裁判所に意識させる弁護をしなければいけないことになると思います。

笹倉:もう少し具体的に言うと、どういうことでしょうか。

後藤:郷原先生がいま行ってみせてくださっているようなことを、他の弁護人たちもしなければいけないことになるのではないですか。

8.司法取引制度はこのままでよいのか

笹倉:ということは、かなり大変な仕事になるかと思います。
 今後2018年6月までに、司法取引制度が施行されることになっています。新たな制度について、また法改正がこれから行われる可能性はあるかとは思います。もし今後、法改正が必要な点があるとすれば、もちろん制度の廃止はあるかもしれません。あるいは、逆に、対象犯罪を拡大していくべきではないかという議論が一部の方から出ています。今後の制度の見通しはいかがでしょうか。

後藤:まだ施行もしていないので、今からどう変えるかということは早すぎる気はします。ただ、一つの予想は、制度に乗らない暗黙の取引がたくさん起きてしまい、それを規制することは現実には非常に難しい状態になるかもしれません。だったら、もっと堂々とできるようにしたほうが良いと、いわば現状追認的な形で制度が広げられていく可能性はあるのではないでしょうか。

郷原:私は、国会の審議のときにもそこをかなり言いましたが、やはり証人テストの問題について、あまりに世の中の関心、政治家の関心が低すぎると思います。笹倉先生もアメリカの制度などを紹介されていて、本当にまさに重要な点です。証人テストで事実上、打ち合わせのようにしてガリガリに固められたら、裁判所が意図的な虚偽供述かどうかは全く判断できないと考えられます。そういう証人テストの実態を、もっと知ってもらう必要があるのではないか。
 美濃加茂市長事件でも、1カ月以上にわたり朝から晩まで証人テストをやっていた。どうしてあの二つの事実について、そんなに長時間やる必要があるのか。それについて中林は、「証人テスト」などとは言っていません。「打ち合わせ」と言っています。しかも打ち合わせだから、ということを検事から言われています。検事は、「これは法律で、応じなければいけません。質問ではありません。打ち合わせです」。「こうはっきり言われました」と証言しています。
 実は一審無罪判決の後に検察官が3回、刑務所にいた中林のところに説得に行っています。「私は悔しい。控訴しようと思う。したいのだ」。逆に中林のほうは、「私はもういいです。あんな打ち合わせと称して長時間、時間を共にするのはやりたくありません」と言っている。それを、「法律で決まっているから、やらなくてはいけないのだ」ということで強制している。
 これは逆です。今後は合意供述については原則、証人テスト、打ち合わせを禁止する方向で、きちんと証人テストの禁止を制度化していかないと、本当に危険な話になってしまいます。また、証人テストと協議・合意制度は、ほとんど議論されてないのではないかと思います。証人テストと協議・合意制度は、そこがいちばん問題ではないでしょうか。

後藤:いまのお話で思い出したのですが、確かに証人テストは大きな問題です。それでも法廷での証言を使うのなら、まだいいです。もっと大きな問題は、伝聞例外の適用です。例えば取引供述をして検面調書をつくっていながら、証言拒絶するという事例があり得ます。この場合、判例上は2号前段書面が使えることになっています。作業分科会の議論で検察官たちは、「そんなことは起きません」と言いますが、理論上はそれができる形になっています。私は、裁判所が伝聞例外の運用をどうするつもりなのかが、気になります。

9.刑事免責制度とどう関連するのか

笹倉:証人テストの点について若干敷衍すると、アメリカでは証人の準備と、証人のコーチングは別だと言われています。こういう内容を証言しなさいと指示するのはいけない。ただ、証言の準備はもちろん問題はないとなっています。
 郷原先生がおっしゃったのは、恐らくコーチングのほうですね。証言内容をゆがめてしまうと、それはそもそも真実の供述ではなくなりますね。今回制定された協議・合意制度も「真実の供述をすること」が前提です。それは検察官が言う真実の供述ではなく、本当にあった供述、事実の供述ということです。そこも問題になってくるのではないかと思う次第です。
 時間が押してきましたので、刑事免責制度に移りたいと思います。刑事免責制度は、例えば京都大学の酒巻匡教授などは、制度上、刑事免責は証言を強制するだけであり、免責付与の決定前に訴追側と証人との間で交渉や取引の余地があり得るという意見や批判があるけれども、本制度はそのような運用を想定したものでないことの無理解に基づくか、筋違いである。刑事免責制度はそもそも取引の要素は一切ないから、司法取引の文脈で議論することすら問題ではないかとおっしゃっています。
 しかし、実際には刑事免責制度を使う場合に、もともと暗黙裡に取引を行った上で法廷では証言を強制した形で、刑事免責制度を使って証言させる。そうすることにより一見、協議・合意制度で得られるような供述よりも信用性が高いと判断されてしまうのではないかと思います。つまり、取引ではなくて強制されてやったのだから、裁判所にとってみれば、信用性の高い証言が行われると考えるのではないかという危惧を個人的には持っていますが、そのようなことは起きないのか。あるいは起きるとしたら、どのような点に気をつけて運用が行われるべきなのか。
 そのことについて後藤先生、郷原先生から、それぞれお願いします。

後藤:先ほど説明したように、制度として、司法取引と刑事免責はいろいろな意味で違います。しかし、それらを組み合わせて行う可能性は、条文上も否定されていません。
 もう一つは、例えば特定犯罪に当たらないような事件で事実上取引をして、それを刑事免責という形で実現することは、確かに起きる可能性はあるだろうと思います。それに対する対処は何かというと、その場合の標的事件の弁護人として……。ちょっと待ってください。これは非常に難しいですね。少し考えます。

郷原:制度的には別個のものだと思いますし、刑事免責は基本的に取引的なものになるような制度ではありません。それが事実上、闇取引的なものと結びついて弊害を生じさせる場合があるとすると、よほど弁護人がボーッとしている場合でないかという気がします。
 例えば贈収賄で贈賄側と事実上、闇取引的なことをやり、それで収賄の事件が出てきて、刑事免責で証言しろとなった。そこで刑事免責を使おうとしたら、当然、標的事件の弁護人のほうは、「では、贈賄はどうなったのだ」ということを問題にします。ですから、闇取引的なことにしようと思っても、かえって刑事免責を使うことにより、問題を顕在化させてしまうことになる。そういう場合が、むしろ多いのではないかと思います。刑事免責を使うけれど、それまでの闇取引的なものがわからないまま使われてしまうケースがあるとすると、これは非常に危険な話になります。なかなか、そういう形は思いつかないです。

後藤:その場合、検察官の説明は、「これは取引ではなく、刑事免責の結果、事実上起訴できなくなりました」となるわけです。起訴猶予ではなく、むしろ証拠不十分的な不起訴になります。

郷原:その供述が不利益に使えなくなった結果として、「ほかに証拠がないから不起訴です」。しかし、そうすると、その前の、例えば贈賄事件の処分はどうなっていたのかということは当然、問題になってしまいます。ですから、抽象的には可能性はあると思いますが、実際にできるかというと、可能性はあまりないような気がします。不利益に使うというのではなく、そこで完全に免責されてしまうのなら別ですが、若干考えにくいという印象を私は持っています。

笹倉:刑事免責制度は、別に特定犯罪とかの枠組みがないので、どの犯罪でも使えることになっています。そう考えると、贈収賄の場合ではなく、もっとほかの場合でも使える。しかも、事件同士の関連性も要求されていないので、実は検察官にとっては協議・合意制度にも使い勝手はいいのではないかと予想されますが、そういうことはないのですか。

後藤:「刑事免責」では、検察官の側が提供できる利益は限定されますね。証拠不使用だけです。そうすると、あまり細かい芸当はできないです。求刑をこれぐらいにするから、というような交渉はできない。

笹倉:公式にはできませんが、事実上の取引は行われ得るのではないかと思います。

後藤:どういうことでしょうか。結局、起訴か不起訴かしかないのではないか。「この証言は使わないけれど、それ以前の別の証拠があるから起訴して、あなたは有罪になるのですよ」というのであれば、そこに取引的な要素はないでしょう。ですから、あまり細かい交渉はできないということは言えるかもしれません。
 その文脈で考えると、すでに十分起訴できる証拠があるのに、つまり免責して証言させた以前に、その人に対しても、十分にしっかりした証拠があったのに起訴もしないとなると、それは取引ではないか。そういう疑いを受けることになります。

10.残された改革の課題

笹倉:いずれにしても、刑事免責制度については特別部会でも議論があまりなく、その後の国会審議でも協議・合意制度のほうに議論が集中してしまい、あまり議論されないまま法定化されているので、今後この部分については議論を深化させることが必要でしょう。
 そろそろ締めの時間になってしまいました。全般的な話としては、そもそも今回の改革は取調べ、供述調書に依存しないような新たな司法を、ということでした。今回の刑訴法改正のもともとの目的を達成するためには、今後どのような改革あるいは法改正を行っていくべきだと個人的にお考えなのか、お一人ずつお話しいただけますか。

郷原:先ほどから申し上げているように、結局のところ供述の信用性の評価を、従来の考え方とは違う方向にもっていかないといけない。それが実務の上で、どこまで実現できるかということだと思います。制度自体をこのように変えていくべきだということよりも、もう1年半後の2018年6月までには導入されるこの制度を、検察官も裁判官も問題意識をもって本当に真実を追及するために、どういう判断をしていったらいいのか、どういう方法で評価を磨いていったらいいのか。そのことを考えることが必要ではないでしょうか。

後藤:取調べに依存しない制度を考えるためには、今回積み残しになった問題が依然として重要です。一つは、もちろん録音・録画の範囲の問題です。義務化の範囲が非常に限定されていて、これを広げなければいけないことは問題の一つです。と同時に、例えば取調べへの弁護人の立ち会いです。これは日本の近隣諸国も含め、国際標準になっています。いつまで日本だけ独自なことをやっているのかということは、これからますます大きな問題になります。
 私としてはもう一つ、伝聞例外のあり方が重要だと思います。特別部会では本格的な議論ができなかったのですが、これをどこかで変えていく必要があります。

笹倉:時間の制約はありましたが、今後の運用に向けて、考えていかなければいけない様々な点が明らかになりました。皆さんと一緒に、これからも検討・研究を深化させていければと思います。
 後藤先生、郷原先生、どうもありがとうございました。

 
報告「日本型司法取引とは何か」
報告「美濃加茂市長事件 ―控訴審『逆転有罪』不当判決の検討―」

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